蘇民祭は岩手県奥州市の黒石寺、蘇民袋を取り合う奇祭でポスターが有名 | 新常識発見で気分爽快!

蘇民祭は岩手県奥州市の黒石寺、蘇民袋を取り合う奇祭でポスターが有名

黒石寺に伝わる蘇民将来伝説とは

貧乏でも心の温かい人が報われるという話

備後国風土記にこの逸話が記されているそうです。

北海より南方に旅をしていた武塔神が人間に姿を変え、貧しい蘇民将来と裕福な巨丹将来という兄弟の家にそれぞれ一夜の宿を求めたそうです。

ところが、巨丹将来はこれを拒みます。それに対して、蘇民将来が快く旅人を泊めて、粟飯で貧しいながらも精一杯もてなしたんですね。

それから数年後に、妻をめとり子どもができた蘇民将来の所に、再び武塔の神が現れます。そして、自分の正体が建速須佐之男命であることを明かしました。

そのときに茅の茎で作った輪を身に付け『我は蘇民将来の子孫である』と唱えれば無病息災が約束されるであろうと告げたとされているというお話です。

全国に残る蘇民将来伝説

護符を家に貼って、災厄を防ぐ

こんにちでも「蘇民将来」と記した護符は、日本各地の国津神系の神(おもにスサノオ)を祀る神社で授与されているそうです。

災厄を除いて福徳を祈る護符で、六角または八角の棒や木札・紙札などの形状をしているとか。

「大福長者蘇民将来子孫人也」などの語を記されていて、毎年正月に寺社で発行されます。これを除災のため、住居の門口に貼っている家もたくさんあるそうです。

黒石寺蘇民祭がすごい

日本三大奇祭とも言われるはだか祭

毎年、旧暦の1月7日から8日にかけて行われる、五穀豊穣と無病息災を願って行われるお祭りです。

蘇民将来信仰を基にした蘇民祭は岩手県南部地方を中心にいくつかの場所で行われているそうです。

しかし、黒石寺の蘇民祭は1200年の歴史を超え、国の選択無形民俗文化財にも指定されているもので、「日本三大奇祭」の一つとも数えらているんですね。

蘇民袋を得た者が幸福を手に入れる

蘇民袋という袋には餅や数百本の六角形のヌルデの木が入っています。それを裸の男たちが東西に分かれて奪いあうんですね。これを得たものはその年幸運になるとか。

これは、さきほどの蘇民将来の説話にちなむ行事です。息災や豊作などを祈願して、各地で行われているお祭りの一つです。

一度は見てみたい、裸の男と炎のまつり

5つからなる黒石寺蘇民祭

夏参り(裸参り、祈願祭)

[午後10時~]
厄年連中や一般祈願の善男善女がそれぞれロウソクをともした角燈を持ちます。そして、川で身を清め、「ジャッソー、ジョヤサ」の掛声で、妙見堂から薬師堂を三巡します。

柴燈木登り

[午後11時半~]
本堂前に、長さ五尺の松の木を井桁に積み上げて火をつけます。そして、この上に登って火の粉をあびて身を清め、厄を払い一同で山内節をうたって気勢をあげます。

別当登り

[午前2時~]
住職が、蘇民袋を従えて本堂に登り、厄災消除・五穀豊穣の護摩を焚きます。

鬼子登り

[午前4時~]
数え年7歳の男児二人が、鬼面を逆さに背負って大人に背負われて本堂に登ります。その鬼子が本堂に入った後に、住職が外陣に出て曼荼羅米をまきます。

続けて、外陣中央にある護摩台に燃えさかる松明が置かれます。そして、鬼子はこのまわりを三度まわります。

蘇民袋争奪戦

[鬼子登り終了後~]
ヌルデで作った長さ3センチ位の六角柱の小間木がぎっしりつまった蘇民袋を裸の若者たちが奪い合います。

開始後まもなく袋に刀が入れられ、中の小間木はとび散るのです。そして、その小間木を持っている者は、厄災をまぬがれるといわれていて、競って手に入れようとするわけです。

その後、空っぽになった袋の争奪戦が1時間あまり続きます。審判役の親方が最後に袋の首の部分を握っていた者の判定を下して祭りは終わるそうです。