ちはやふる、ちはやぶる、読み方の違いの理由とは?

千早振るという字の読み方は?

和歌に込められた思い

昔から人々は、四季折々の美しい景色を見たときや、恋や人生のことについて考えたときに、その思いを31文字につづってきました。

それらの和歌を集めた、歌集がいくつかあって、結構有名なものがあります。天皇や上皇が編纂させた公的な歌集が勅撰和歌集と言いますが、百人一首もそこから選ばれています。

百人一首は、藤原定家の感性で選ばれた、すてきな和歌ばかりを収めたオムニバス歌集だといえるかもしれません。

勅撰和歌集とは?

万葉集は勅撰和歌集ではない

勅撰和歌集というのは、古今和歌集(905年)から新続古今和歌集(1439年)までの 21の歌集のことをいうそうです。

古い順に並べると、次のようになります。

1.古今和歌集  2.後撰和歌集  3.拾遺和歌集
4.後拾遺和歌集  5.金葉和歌集  6.詞花和歌集
7.千載和歌集  8.新古今和歌集  9.新勅撰和歌集
10.続後撰和歌集  11.続古今和歌集  12.続拾遺和歌集
13.新後撰和歌集  14.玉葉和歌集  15.続千載和歌集
16.続後拾遺和歌集  17.風雅和歌集  18.新千載和歌集
19.新拾遺和歌集  20.新後拾遺和歌集  21.新続古今和歌集
百人一首を選びだしている和歌集は
次のような数がそれぞれの歌集から選ばれているそうです。

◆古今集 24首 ◆後撰集 6首 ◆拾遺集 11首
◆後拾遺集 14首 ◆金葉集 5首◆詞花集 5首
◆千載集 15首 ◆新古今集 14首 ◆新勅撰集 4首
◆続後撰集 2首

10個目までで作られています。ようするに、作られた時期がその頃だと言うことでしょう。

枕詞とは?

特定の言葉を連想させて歌う

枕詞というのは特定の言葉を導いています。しかし、歌の意味とは直接の関係がないことになっているそうです。

ただ、平安時代より前につくられた万葉集などでは、枕詞そのものが意味を持つような使われ方があるので、気をつけなければなりません。

百人一首の「ちはやぶる」

ちはやぶるとは?

「ちはやぶる」は枕詞(まくらことば)で、「神」や「宇治(うじ)」などにかかると言うことになっています。

「ちはやぶる」が使われている歌として有名なものを挙げましょう。

・ちはやぶる 神代も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは

・ちはやぶる 宇治の橋守なれをしぞ あはれとは思ふ年のへぬれば

このように、枕詞「ちはやぶる」を聞いたら、「ちはやぶる ⇒ 神~」あるいは「ちはやぶる ⇒ 宇治~」という流れが予想できたわけです。

近代の短歌の場合でも、枕詞の性質には変わりはないようです。有名な歌人である斎藤茂吉の歌で。この「ちはやぶる」が使われているものがあります。

・ちはやぶる 神ゐたまひてみ湯の涌く 湯殿の山を語ることなし

ところで、どっちなの?

ちはやふる、ちはやぶる

平安時代以降、ずっと「ちはやふる」の方だったようです。室町時代の「日甫辞書」という書には「チワヤフル」とあります。ということは、その頃は「ちはやふる」だったんですね。

江戸時代にもそれが続いていただろうと考えられるので、百人一首においても、「ちはやふる」と読まれていた時代が長かったということになるわけです。

ところが、近代の『万葉集』研究の中で、ちはやぶるの語源の研究が進み、「ちはやぶ・いちはやぶ」が語源と考えられたそうです。

ここから、「破る」の方をとり、濁って読む方を選んでいったというものです。最近の辞書も、「ちはやぶる」だけで済ませるようになったようです。

ということから、競技かるたの読みも、そういった時代背景の中で「ちはやぶる」になっていったと考えられるそうです。

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