シャネルのブランドの歴史、ココシャネルの激動の人生

シャネルの五番から

波乱に満ちたシャネルの歴史

ファッションの世界で成功していたココシャネルが、不朽の名作と言われた香水「シャネルNo.5」を発売したのは1921年のことです。

その、好調だった経営でしたが、第二次世界大戦の影響で香水とアクセサリーの店以外、全店閉店へと追い込まれていきました。

さらに、大戦中にフランスを占領していたドイツの国家保安本部局長と懇意にしていたということが原因で、フランス国民から激しい非難に合ったのです。

その結果、ココ・シャネルは戦後の数年間をスイスで亡命生活で過ごすことになったのです。

その亡命生活を終えて、再びショップをオープンさせたのは、1954年です。そして、翌年にはシャネル・スーツを発表します。これが、モード・オスカー賞を受賞したのです。

古い価値観は覆し、自分のモードで世界を切り開いて行くといった、ココ・シャネルの前向きな強さに共感し、愛され引き継がれてきた人がたくさんいるのです。

自由で自立した女性像

古い価値観にとらわれないシャネル

シャネルの商品は、他者とは違う魅力があります。それは、個性を大切にするといったような、そんな思いが表現されているといわれています。

シャネルは、個性を表現できるブランドを求めている人にぴったりだといわれています。

その独特で魅力的なデザインは、自立した働く女性を思わせる、気品や気高さのあるデザインになっているのです。

シャネルの化粧品と香水の特徴

化粧品

シャネルの化粧品と言えば、有名なロゴマークの入ったシックな容器が特徴的です。これに憧れて、使い始める人も多いそうです。

シャネルの化粧品は、カラー・ラメ・ツヤ・マットといった豊富なバリエーションに加えて色使いの良さでも人気が高いのです。

香水

デザインの美しさから、部屋のインテリアにもなるといわれています。さらに、その香りは本物の香りとも評される贅沢な香りです。

ワンプッシュで満足感のある強い香りをまとえる、手軽に大人の魅力を引き出せるマストな香水なのです。

シャネル誕生の歴史

シャネルの店を出すまで

ココ・シャネルは、若い頃は決して裕福ではなかったそうです。じつは、幼い頃に母を亡くし、父親からは捨てられてしまい、孤児院や寄宿生の修道院学校で育ったのです。

修道院学校では、金持ちの娘が行儀見習いや勉強に来るところという面があり、ココ・シャネルは人々からの蔑視の目で見られて、辛い思いをしていたそうです。

ただ、彼女にとって唯一よかったことは、裁縫の技術を身につけることができたことだったのです。

さらに、同じ学校に父方の叔母がいて、彼女に触発されてファッションに強い関心を持つようになったといわれています。

学校を出てから、パリから300kmほど南のムーランという町の洋品店で働くようになります。

そして、そこで、ファッションの仕事をしながら、歌手になるという夢も持っていたそうです。

しかし、歌手としての道は厳しく、その道をあきらめたココ・シャネルを、当時の恋人だったエティエンヌ・バルサンという軍人が支えたそうです。

やがて、エティエンヌから、店を持つことを勧められます。お金を出してもらうこともでき、ココ・シャネルは初めて自分のお店を出しました。

その後、イギリス人実業家のアーサー・カペルと出会い、パリに店を出すための資金を援助してもらい、シャネルというブランドで店を出しました。

ファッションショーで成功

三年ほどでフランス北岸の町、ドーヴィルに2件目の店を出すことができました。1915年に洋服にも進出、初めてファッションショーを開催して大好評を博したそうです。

当時の女性のドレスはきついコルセットで締め付けるのがあたりまえだった中で、ココ・シャネルはそれに疑問を持ったそうです。

そして、もっと着心地が良く、さらに当時は紳士服にしか使われていなかった黒色の服を作りました。

シャネルが香水を発表

その後、ココ・シャネルは、調香師のエルネスト・ボーと出会います。当時、香水には練りに練った名前をつけるのが普通だったそうです。

しかし、ココ・シャネルは大胆にも試作品の番号をそのまま商品名として売り出したのです。そのデザインや香りがあまりにも優れていたために評判になりました。

こうして次々に斬新な商品を生み出していくうちに、シャネルは大企業へと成長していったわけです。

大戦後のシャネルの活躍

シャネルのスーツ

1954年にココ・シャネルは15年ぶりのファッションショーを開きました。しかし、結果は、惨憺たるもので、既に過去の人と見られたのです。

しかし、ココ・シャネルはそんなことでめげず、73歳にして、新たに大ヒット商品を作り上げます。これが「シャネル・スーツ」の誕生です。

その後も何度もショーを開きます。好評を博し続けたシャネルもまた、再度大きな企業へ成長したのです。

復活から17年、ココ・シャネルはショーの準備中に88歳で亡くなりました。

シャネルの墓地

過去のできごとのためか、ココ・シャネルの墓はフランスではなく、かつての亡命先のスイスに作られたのです。

墓石には、獅子のレリーフが五つ彫られています。これは、一見すると女性の墓には見えないそうです。

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