節分は季節の分かれ目、福茶で無病息災、恵方巻きで幸運を呼び込む

節分には豆以外にも食べる習慣があった

それだけ大切にされてきた行事だから

節分には、節分豆以外にもけっこう有名な食べ物があります。最近では、特に恵方巻きやいわしが有名になりました。

恵方巻きはスーパーで沢山の種類が並んでいます。また、コンビニなどでも予約を受け付けているくらいです。

まあ、他にもいろいろな料理が節分の習わしとして伝えられてるわけで、中には、あまりお目にかかったこともないような料理もありますね。

では、なぜこんなに料理が大事にされてきたのか、それは、節分は旧暦では大晦日にあたるんです。だからこそ、1年を締めくくろうという気持ちが形になって残っているんです。

節分ならではの料理メニュー

焼きいわし

恵方巻き

けんちん汁

節分そば

福茶

こんにゃく

それぞれ全国的なものですが、地域によっては風習が違っていたりしますね。

焼きいわし

いわしを食べる理由は厄除け

いわしの臭いが鬼を遠ざけるということだそうです。しっかり味付けすれば、いわしの臭みが取れます。いわしは体に良い青背の魚なので、冬の健康維持にも最高です。

まず、いわしの頭をひいらぎにさして戸口において鬼の侵入を防ぎます。そのいわしを夜食べるんですね。

鬼の嫌いな臭いいわしの頭と痛いひいらぎのトゲというふうに考えていたわけです。いわしの頭をひいらぎの枝に刺したものを柊鰯、鰯柊と呼ぶこともあるそうです。

恵方巻き

恵方巻きは、関西からはじまった

関西発祥で、今では関東にも広がっているという感じですね。食べる理由は、どうもはっきりしません。いろいろあるんですが、どれもあやしいものです。

その年の恵方を向いて、食べ切るまでしゃべらない、などという食べ方が正しいというのも果たして?という程度だそうです。

恵方巻とは、節分に食べる海苔巻のことで、1年ごとに異なる方角を向いて、だまって1本を食べきるというんですが、不思議なイベントですね。

恵方巻の由来については諸説あって、大阪船場のおいらん遊びが元々の始まりだという説や大阪の海苔販売業者が、昭和の初めに幸運を呼ぶ海苔巻を広めたという説があります。
しかし、本命は1998年にセブンイレブンが始めた「丸かぶり寿司 恵方巻」という商品じゃないかと思います。

その他の節分の食べ物

節分豆も厄除けで最も一般的

豆まきすることで鬼を外に追い出すんですね。「鬼は外、福は内」と言って豆をまく方法が一般的です。

自分の年齢より1つ多く豆を食べるというのもありますが、きっと普通に行われているんでしょう。

節分そばは昔の年越しそば

そばは年越しそばのイメージがありますね。2月の節分で食べるのは何故でしょう。

これは、昔の大みそかは節分の日だったことわかると思います。ようするに、年越しそばだったんですね。その風習が今も残っている考えられます。

けんちん汁は栄養補給

けんちん汁は具材たっぷりです。いわしとの相性もいいものです。絶対的な理由はわかりませんが、冬の時期にしっかりと栄養を取ることを大切にしていたように思います。

こんにゃくは体を浄化

こんにゃくも節分に食べると良いとされているみたいです。節分の砂おろしとしてこんにゃくを食べる地域があるそうです。

福茶

豆まきで用いた節分の豆でお茶を出したもの福茶です。豆まきで用いる節分の豆は神聖なものですから、その豆を使ったお茶はとても縁起の良い飲み物とされているんですね。

名前を聞いただけでも幸せになれそう

福を呼ぶ、新春の飲み物

元日に若水を沸かします。若水とは、元日の朝に初めて汲む水のことで、井戸から水を汲んで神棚に供えました。

若水の中に黒豆・結び昆布・梅干し・山椒などの縁起物を入れた飲み物、それが福茶と呼ばれたのです。

昔は立春が年始めという考え方だったので、立春の朝に飲むお茶も福茶と言われました。

今でも伝わる福茶の風習

京都と長野に見られる福茶

1.京都府京都市

六波羅蜜寺では三が日の行事に皇服茶授与というものを行います。無病息災の意味が込められています。

これは、空也上人が青竹を八葉に割って、お茶をたて、梅干しと結び昆布を入れて人々に振る舞ったことからきているそうです。

2.長野県佐久地方

豆柄や菊の枝を焚いて、若水を沸かします。そこへ勝栗や柿、あおばつの豆に数の子などを添えて飲むそうです。

福茶の歴史は平安時代から

平安時代から続く福茶習慣

それくらい昔から行われている習慣なんですね。古いものでは、平安時代の文献にその記載を見つけることができるそうです。

平安時代、村上天皇の治世のことです。空也上人が疫病の流行を憐み、十一観音像を掘って京の町を引いて回ったそうです。そのとき、供え物としていたお茶を飲んだ人々が病から回復したというのですね。

また、村上天皇が病床にあったときのことです。空也上人が開いた六波羅蜜寺の観音様の供え物のお茶を飲むと天王の病が回復したという説が伝わっているそうです。

そういったことから、元日にお茶を飲むことを吉例としたんですね。その後、一般大衆にも邪気払いとして習慣が根付いていったということです。

立春の朝、福茶をいただく

豆まきの豆が福茶を引き立てる

簡単な作り方があります。使う容器はちょっと大きめの方が作りやすいと思います。

<材料>(湯のみ1杯分)
・福豆……3粒 (豆まきの豆。しっかりと炒ったほうが香ばしいですね)
・塩昆布、または昆布の佃煮……適量
・梅干……1粒(種はない方が飲みやすいです。)
・熱湯……150cc(緑茶でもOK)

材料を全部入れて、熱湯または緑茶を注げば出来上がりです。福豆が3粒なのは縁起のいい吉数だからだそうです。

豆は「まめまめしく働ける」ということにかけているとか。昆布は「よろこぶ」にかけており、梅はおめでたい松竹梅に通じているそうです。

節分に恵方巻きはつい最近の呼び名

歴史的には江戸時代から続く風習

節分といえば豆まき、ですが、最近は恵方巻きのほうが盛んになっているような気がします。

恵方巻きの始まりは、江戸時代から明治時代にかけての大阪の花街だそうです。そこで節分をお祝いしたり、商売繁盛を祈ったりしたのが始まりだといわれています。

当時の名前は恵方巻きではなく、「丸かぶり寿司」や「太巻き寿司」と呼ばれることが多かったとか。

それらは七福にちなんで、7つの具を入れて巻いたんだそうです。そこで恵方巻きは7つの具を入れるのが基本になっていったようです。

一本丸かじりするわけは?

恵方巻きを一本丸かじりで食べるわけは、次のようなものだと言われています。それは、丸ごと食べる事で幸福や、商売繁盛の運を一気にいただくわけです。

食べることを、途中で止めると運を逃すので、、一気に一本をまるごと食べる事で年の幸運を手に入れるというわけです。

恵方巻きが全国区になったのは?

これは、1989年だそうです。セブンイレブンが広島県で太巻きを売りだしたときに、恵方巻きと名前をつけたのが始まりだという話です。

その後、あっという間に恵方巻きは全国に広がりました。そのうち、デパートやスーパーマーケットでも見られる食品になっていきました。

恵方って一体何?

方角を表している

その年の恵方は、暦によって変わります。恵方巻きを食べるときは、その方向=恵方を向いて食べると言うのが、恵方巻きの名前の由来ですね。

恵方は毎年変わりますし、恵方の早見表も昔からあります。最近は恵方を調べるホームページやアプリまであるので、簡単にわかります。

恵方は何の方角?

恵方とは、歳徳神という神様のいる方角を指すそうです。歳徳神というのはその年の福徳を司る神様の事です。年徳、年神様、正月様などとも呼ばれています。

歳徳神のいる場所は毎年変わるので、その度に恵方も変わっていくわけです。その方角に向かって、いろいろな事を行うと良いと言われているんですね。

初詣も恵方の方向の神社に参ったり、初めての事を行うときは恵方を向かって行ったということで、恵方というのは身近な存在だったと言うことです。

恵方の決め方

恵方は基本的に四方向しかない、ということを知っておけば間違いないです。干支から導き出される、難しい説明は、知っておく必要はないでしょう。

簡単に恵方を理解する

古代中国の五行からきている

古代中国では5つのもので全てのことを解釈しようとしていたんです。それは木・火・土・金・水の5つでこれを五行と呼んだんですね。

そこに、陰と陽の要素をあわせて、10個にしたものが「十干」で木・火・土・金・水の陰が兄で「え」。陽が弟で「と」とよびました。

「木のえ」「木のと」といったぐあいで、それを1つの漢字に当てはめたのが、甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸の10個になっています。

その年の恵方ルールは3つしかない

「え」の年は、恵方はその名前通りの方角
「と」の年は、恵方は5年前の恵方と同じ方角
土の兄(つちのえ)の年の恵方は2年前の恵方と同じ方角

さあ、恵方を向いて、ひとかぶり!

今年の恵方はズバリ、この方角

・2011、2016、2021は「南南東」
・2012、2017、2022は「北北西」
・2013、2018、2023は「南南東」
・2014、2019、2024は「東北東」
・2015、2020、2025は「西南西」
このように、5年ごとにかわりますが、決め方のルールは先ほど説明したとおりです。

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