八坂神社の祇園祭の山鉾巡行と櫛田神社の博多祇園山笠の楽しみかた

八坂神社の祇園祭は日本の三大祭の1つ

山鉾、お囃子、見ているだけでわくわく

祇園祭では、たくさんの豪華絢爛な山鉾が立ち並びます。コンチキチンと鳴る鉦の音、太鼓、笛、絡み合って奏でられるのが、お囃子です。

もう、この時期になると、京都市内はすっかり祇園祭一色です。1ヵ月の間、祭事が行われて、特に有名なのは「宵山」と「山鉾巡行」。

祇園祭は 京の歴史が移り変わりに合わせて、受け継がれてきました。京都のみならず、日本を代表する祭礼として、世界的にも評価が高いのです。

装飾された山鉾は「動く美術館」とも称されていて、国の重要有形民俗文化財に指定されるとともに、ユネスコの世界無形文化遺産にも登録されているそうです。

祇園祭の始まり

祇園御霊会から発展

平安時代の863年、当時の京都は疫病が蔓延していました。これは牛頭天王のたたりだと、八坂神社の前身である祇園社に病魔の退散を頼みます。

そこで、66本の鉾をつくり、御霊会を行って祈願したという、これが祇園祭の成り立ちだそうです。

もとは、貴族の祭祀だった祇園御霊会も、時代の変遷と共に変化していきます。また、祭りの担い手も、経済力を持つ町衆へと移っていきます。

そして、室町時代になると、巨大な山鉾が次々と誕生します。祇園祭に登場する山や鉾には、美しさも一級で、由緒ある懸装品も多く用いられています。

その技術は、国内はもとより、東アジアや中近東、そしてヨーロッパの美術工芸まで及んでいるそうです。

祇園祭の流れ

祭の全容と見どころ

祇園祭は八坂神社の祭礼です。祭ぞのものは毎年7月1日から31日まで、1ヶ月にわたっておこなわます。

その中でも、17日の前祭・山鉾巡行と神幸祭と24日の後祭・山鉾巡行と還幸祭がクライマックスで、その宵山が見どころです。

宵山は、山鉾巡行・神幸祭・還幸祭の前夜祭になります、。それぞれ前祭・後祭の前3日間で、14~16日と21~23日に行われます。

前祭の見どころ

まず、宵山は14~16日です。17日の前祭では、八坂神社から来る、神様の乗った神輿を四条の新京極・寺町商店街前の御旅所へお迎えします。

山鉾巡行は、神輿が出る前に行われます。巡行される山鉾はあらかじめ決まっているそうです。

前祭の先頭は長刀鉾です。長刀鉾のすぐ次に巡行する山鉾のことを「山一番」と呼んでいて、くじで決めます。とても縁起がいいとされています。

露店や歩行者天国が設定されるのはこの前祭だけで、15・16日の2日間行われるそうです。

後祭の見どころ

宵山は21~23日です。日和神楽が行われ、山鉾町では祇園囃子を奏でながら御旅所に行って、囃子を奉納します。

後祭では、前祭と逆に、八坂神社にお神輿を帰す神輿渡御が行われます。これとあわせるように、神輿が出る前に山鉾の巡行が行われます。

役行者山では聖護院門跡の山伏によて護摩焚き供養が行われます。南観音山では本尊の楊柳観音像を蓮台にぐるぐる巻にする南観音山あばれ観音という催しがあります。

ぜひみたい3つの見どころ

祇園祭ならではの風景が楽しめる

前祭、後祭とも、宵山が最も盛り上がりますから、みんなその日を狙って見に来ます。祇園祭は、優美さや華やかさがメインなので、京都ならでは、と言えそうです。

1.山鉾巡行

33基の山や鉾が登場します。山の形状は様々で、それを見るのもまた楽しみの1つです。全長が20メートルもの長刀鉾、綾傘鉾や四条傘鉾のように傘の形をした鉾などです。

山は、人が担いで巡行した舁山=かきやまと、御所車がついて曳行される曳山=ひきやまがあります。

順番はくじ改めと言って、くじをひきます。くじ取らずの山鉾を除いて、各山鉾の町行司がくじの入った文箱を扇子を使って紐を解き、蓋を開けてくじを差し出します。

辻回しといって、河原町御池・四条河原町などの交差点で山鉾を展開させます。道路には青竹などを敷って水を掛けて、方向転換させるわけです。

山鉾では、祇園囃子が奏でられます。囃子方を持つ山鉾で奏でられ、祇園祭の華やかさの主役にもなっています。

2.花傘巡行

後祭の24日に花笠巡行が行われます。行列は10時に八坂神社を出発し、獅子舞、子供御輿、馬長稚児、児武者、花街の芸舞妓といった面々です。

行列が八坂神社まで戻ってから、芸舞妓による舞なども奉納されます。これは、祇園祭でしか見られない艶やかな舞です。

3.還幸祭

後祭の24日に行われ、5時に御旅所を3基の神輿が出発します。中御座神輿、東御座神輿、西御座神輿の3基で、御旅所から八坂神社まで巡行します。

御旅所から氏子地区を回ります。御供社を経由して、八坂神社に到着するまでに、さまざまなパフォーマンスが見られます。

神輿を担いで上下に揺らしたり、持ち上げる差し上げ、差し上げて右回りに回転させる差し回しといった動きで、掛け声は「ほいっと、ほいっと」と掛けます。

博多祇園山笠は770年以上の歴史

櫛田神社の山笠神事として発展

博多祇園山笠は、770年以上の歴史をもち、国の重要無形民俗文化財にも指定されている祭りです。2016年11月にユネスコ無形文化遺産に登録されました。

山笠行事は7月1日から15日まで続きます。そして、最終日の15日、クライマックスとなる追い山が行われます。

やはり、一番観光客も多いのが、この追い山ですね。水法被に締め込み姿の男の人たちが午前4時59分、「ドン」という太鼓の音を合図に一番山笠が動かします。

「ヤー」と気合を入れて「櫛田入り」を行います。境内をぐるっと回って一度山笠を止めると、「博多祝い唄」を歌います。

その後、5分ごとに次々と各流が櫛田入りします。山笠は「オイサ、オイサ」のかけ声とともに神社を飛び出していきます。

勢い水と汗でずぶぬれになりながら、約5キロ先にある博多区の廻り止めを目指して疾走します。廻り止めに各流が到着するたびに歓声が上がります。

博多祇園山笠の起源と歴史

災厄除去の祇園信仰

その起源には、いろいろな説があるそうです。ただ、一般的な伝承では、1241年、聖一国師が疫病除去を願って始めたとされています。

それが、その後、災厄除去を願う祇園信仰と結びついていきます。そして、櫛田神社の山笠神事として発展してきたわけです。

櫛田神社の相殿には祗園午頭天王が祀られています。これは、神道では素盞鳴尊になるそうです。

平安時代に始まった京都八坂神社の祇園御霊会で、旧暦6月15日に山鉾を立てて町中を巡幸しました。今の祇園祭です。

この祭りが全国に広まって、都市的な夏祭りの型が生まれました。博多祇園山笠もその一つなんですね。

古い文献には櫛田祇園社の祭りで沖ノ浜への神幸で、山のような造り物12台に人形を据えてかついだ、とあるそうです。

その後、博多をおさめた大内義隆が、周防の祇園会に博多の6本を分けて作らせたことで、博多の山笠は6本になったということだそうです。

祭りの代名詞にもなっている山笠

2種類ある山笠

祭りの主役を張るのが「山笠」です。これは、山車といいますが、車は付いていません。

昔は高さが15メートルになろうかというものもあったそうですが、明治になってからは、電線を避けて練り歩くために、低くなったそうです。

そういった町中を練り歩くための「舁き山笠」と、飾りとしての価値を目的につくられた高さのある「飾り山笠」に分けられるんですね。

どちらの山笠も「山」と呼ばれて、山大工と呼ばれる地元の大工が作ります。そして、博多の人形師が、その上にのせる人形を作るわけです。

舁き山笠は、祭りの間中、神輿のように町中を練り歩きます。博多祇園山笠は、現在8つある「流」というグループに属していて、その流ごとに舁き山を持っているそうです。

追い山笠

祭りの掉尾を飾るのは追い山笠とよばれる神事です。舁き山笠が午前1時半ごろから櫛田神社前の土居通りに順に並べられます。

舁き手が各流の町内ごとに集合してきます。午前4時59分、大太鼓の合図とともに一番山笠がドッと「櫛田入り」をします。

二番山笠は6分後、三番山笠以降は5分間隔の舁き出しでスタートして、そのまま須崎町の廻り止めをゴールにするのです。

博多祇園山笠のクライマックス

見逃せない櫛田入り

櫛田入りは、山笠の20数名の舁き手たちが全速力で櫛田神社に入ってきます。追い山笠では、順に櫛田神社の清道といわれる境内に山笠を舁き入れるわけです。

各山笠は清道旗を回って境内を出ます。そして、定められた5キロのコースに飛び出していきます。これを「櫛田入り」と呼んでいるんです。

距離にして、約112メートルを、各流とも精鋭で一気に駆け抜けます。最近は各流とも30秒前半で舁きます。正確を期すために、100分の1秒まで計測しているそうです。

鎮めの能

この追い山笠が済むと、午前6時から櫛田神社の能舞台で能が舞われます。境内には、のびやかな笛、鼓の音が漂います。

荒ぶる神を鎮める重要な儀式で、明治30年代までは、七流のうち一流が山笠行事を休んで奉仕したそうです。現在は神社総代会が担当しています。

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