京都清水寺の千日詣り、寺の歴史と夜間特別拝観

京都清水寺の千日詣りとは?

一日の参詣で千日分のご利益がある

観音信仰で全国的に存在する功徳日といいます。一度お参りするだけで何千何万回のお詣りの価値を生み出すという言い伝えなんですね。

京都の清水寺の千日詣りは、一日の参詣が千日分の功徳に相当するとされているそうです。

この風習は、観音信仰の必勝パターンみたいなもので、爆発的に観音信仰が増えた所以とも言われています。

しかし、何度も行けない身にとってはこの千日詣りはとてもありがたいものであることは間違いありありません。

観音菩薩の大慈大悲の心であらゆる願いや悩みを解決し、苦厄を取り除いていただける、ありがたい一日なんです。

清水寺の歴史

本尊は千手観音

音羽山清水寺の開創は778年で、今から約1200年前だといわれています。本尊は千手観音です。

観音菩薩は大きな慈悲を象徴する仏で、古くから庶民に開かれた、幅広い層から親しまれてきたものです。

古い文書にも、多くの人々が清水寺参詣を楽しんできたという歴史が書かれているそうです。

場所は、京都の東に位置する音羽山の中腹に広がる13万平方メートルのところに境内があります。

そこには、国宝と重要文化財を含む約30以上の伽藍や碑が建っています。じつは、創建以来、10回以上の火災に会ってきて、堂塔を焼失したそうです。

多くの人の信仰に支えられ、再建されてきたのです。じつは、現在の伽藍はそのほとんどが1633年に再建されたものだそうです。

最近のできごととしては、1994年にはユネスコの世界文化遺産である「古都京都の文化財」のひとつに登録されています。

あまりにも有名な清水の舞台

下から見たも、上に乗ってもすごい木造建築

清水寺に行ってやはり目に入るのは、本堂から張り出した「舞台」です。高さは約13メートルもあります。

4階建てのビルに相当するそうです。この本堂は音羽山の崖にへばりつくように建っています。

造り方は懸造り=かけづくり、と呼ばれる日本の伝統工法だそうです。格子の形に組まれた木材はお互いに支え合っていて、あの崖でも耐震性の高い構造がつくり上げられたわけです。

あの舞台を支えているのが、18本の柱です。樹齢400年以上の木材が整然と並んでいます。

木材同士をうまく組み合わせた構造は継ぎ手と呼ばれていて、釘は1本も使用していないそうです。

いまある舞台も1633年に再建されています。その後、幾度もあった災害にも耐え抜いて、舞台を支え続けているんですね。

1000日詣りが生まれたわけ

すべての衆生が救われるように

千日詣りが生まれたのは、昔から決められている、清水寺の本尊である千手観音菩薩との縁日が設けられたことから来ているそうです。

その縁日に訪れて、お詣りすることで1000日の間、毎日参拝したことと同じだけの功徳が得られる日と定められたわけです。

そのような、千日詣りの行法が生まれるまでは、逆に千日間、毎日祈願することが常識だったそうです。

となると、それができない人たち、体が弱い人や遠くて行きたくても行けない人は救われません。

そこで、昔から伝わる神仏の縁日を定めて、その特別な日に詣でることによって、千日詣でたことと等しいだけの功徳が得られる行法が生まれたといわれているんです。

千日詣りの日程

千日以上の功徳の日もある

8月9日から16日は、昼間のみの千日詣りの期間になっています。また、8月14日から16日の期間に限っては、夜間の特別拝観が行われます。

この期間は、日暮れに開門して拝観が催されるので、「宵まいり」と呼ばれます。宵まいりの期間中は、朝11時と夜20時に本堂で法要が営まれます。

実は、この期間は本尊である千手観音菩薩との縁がもっとも強くなる期間だそうです。そして、最大の功徳日だということで、1日のお参りで4万6000日、年数に変えると、130年間、毎日参ったと同じ功徳が得られるそうです。

また、この期間に本堂にある内々陣に訪れると、本尊との間に結ばれた「結縁の綱」を握ることができます。

さらに、祈りを捧げると同時に、参拝したという証になる「お札」を授与してもらえるのです。

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